ファーストダンス(小説)

2012年11月14日 (水)

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 「披露宴でダンスをしたい」 新婦がとんでもないことを言い出しました。あたふた新郎、さて、どうする・・・?

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2012年11月13日 (火)

ファーストダンス 12

「何つけてるんだ」

「え?」

親父が頬を指すので触ってみるが何もない。母親が笑いを堪えながらバッグから鏡を取り出すと、こちらに向けた。

「何だ、これ~!!

まだ中にいるその他親族が一斉に飛び上がる勢いで大声を出す。

鏡の中の頬には、紅の跡…キスマークが存在を主張していた。

美希曰わく感動のセリフ、の後キスされた時のだ。

隣で壁に手を付いて笑いすぎて息も絶え絶えになっている兄貴の様子から察するに、全て承知の上でここに連れてきたに違いない。美希も下手に追いかけて一緒にいてしまったら、自分が付けた事は明白なので恥ずかしくて来なかったのだ。

「何で…」

一言頬を拭けと言わないんだ。こんな恥ずかしい顔でずっと廊下を歩いてきたぞ。

拳で頬を思い切り擦りながら、オレに背を向けて肩を震わせている兄貴の襟首をむんずと掴むと、力の限り引きずり倒した。

「わりー、わりー」

「悪いと思ってないだろう」

「いやー、だって邪魔したろ?二次会の…」

「何の邪魔だ!」

廊下を逃げようとする兄貴を後ろから羽交い締めにする。それでも笑いの止まらない兄貴と叱咤し続けるオレの横で、母親が鏡をきちんとしまってから仲介に入る。

「ちょっと~。タキシード、お借りしてるんだからね」

ようやく兄弟を引き離す事に成功した母親の隣で、親父が伯父さんに言われていた。

「お前んとこの息子は、結婚しても子供の頃と何にも変わらないんだな」

 

 

 

結局、恥ずかしい思い出と共に語り継がれる事になった。

親類のいない所では、という条件つきだが(でないとオレのひと睨みで強制終了になるからだ)美希は終始笑顔で思い出話をするので、まぁ、上手くいったと言えるだろう。

いくつも披露宴に出るとその内印象が似通ってくる物だが、ダンスをした、となれば記憶に残る。そういう意味でも女性同士しばらく話題に事欠かないらしい。

男側からすれば決してお勧めできる演出ではないが、黙って、は無理だったものの夫になる者の最初の務めを無事果たしただけの成果はあった。

新婚生活、滑り出しは上々だ。

機嫌良く暮らす娘を見て太郎さんのオレに対する態度もようやく軟化し、自分のファーストダンス時の苦労話も聞かせてくれる様になった。

尻に敷かれ気味くらいが丁度いいのではないか。そう、台所に並んで立っているお互いの妻の背中を眺めながら笑った。

想定の範囲内でも範囲外でも、二人で何とかやっている。家族が増えても、それはそれで何とかなるだろう。

だがやはり願わくば、娘が産まれたとしても「ファーストダンスをやりたいんだけど…」と結婚相手に言い出さない程度に思い出を語ってもらいたいものだ。



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 お疲れ様でした。えー、色々な方が。

 乙女の夢、向かうところ敵なし!といった感じでしょうか。とりあえず、花嫁の希望を納得のいく形で叶えてあげられる器の大きさがあった方が、その後も何かと幸せに過ごせるのではないかと思います、はい。

 その後の二人は漫画の方で、一つよろしくお願いします。

2012年11月11日 (日)

ファーストダンス 11

「でも前にも言ったけど、オレには文才が無いから気のきいた事は…」

「文才云々は関係ありません」

オレの前に立ちはだかるように、美希は止まった。

「言葉に出して言えなんて事は期待してません。歯の浮きそうなセリフが徹君から出てくる訳が無い」

よくお分かりで。

「でも、それを表す方法は他にもあるんだし」

じ~っとオレの瞳を覗き込んだ。

目は口ほどに物を言う? 鼻同士以上にくっつきそうな近さに多少焦るが堪えていると、少しして美希は満足そうに離れていった。オレの瞳は、今何か語ったんだろうか。

「うん」

何をどう納得したのか皆目見当がつかないが、くすくす笑って機嫌はよくなった。

「徹君て、自分の事となると鈍いよね」

「え?」

「無感動な訳ではないのに取り澄ましてる感が強くて損してる気がするんだけど、でも感動しまくってる徹君は徹君じゃないよね」

調子よく感動するのは兄貴の方だ。悪いがこれ以上類似点はいらない。

「だからこういう人だって思い込んでたんだけど、面白いね、まだまだ発見があるんだよ」

ふわりとスカートを翻してまた歩き出した。

同じ事を考えているのかな、と思う。知ってると思っていて、知ってるつもりだったのに、知らない事がいくらでも出てきて、そしてそれを待ち望んでいる。

「そうだな」

そのまま一緒に少し歩いて花嫁控え室の前。オレは親族の控え室を通り越してもう少し先なので「じゃあ、後で」と通り過ぎようとした。

「あ…待って」

美希がオレの袖を思い切り引っ張る。

「な、何だ?」

「えっ…とね」

袖を持ったまま、反対側の手でドアとオレの事を交互に指さしている。

いつもながら要点がつかめないので、当てずっぽうで美希の知りたそうな事を答えた。

「二次会の会場へはタクシーで一緒に行くから、迷子になる心配はないぞ」

「そうじゃない」

袖ではなく腕を引っ張られて、思わず踏ん張った。どこに連れて行くつもりだ。その先は更衣室にも等しいドアだぞ。そこに

「徹~。政伯父さん達が…」

と兄貴がのんびり歩いてきた。

花嫁控え室の前ですったもんだしているオレ達を見て、引きつり笑いを浮かべ立ち止まる。

「徹、仲が良いのは構わんがそこは入っちゃ駄目だろう」

「誰が入ろうとしてる。連れ込まれそうになってるのはオレだ」

やっとの事で、腕を振りほどく。

「続きは二次会が終わってからにしろ。もっとも、その前に伯父さん達に…」

今度は兄貴に肩をガッチリ掴まれて、歩かされた。

美希がかなり焦った様子で自分の頬を触っている。

「そのまま行っちゃ駄目~」

悲壮感漂うセリフにもかかわらず、美希は自分の控え室に入ってしまったのか、親族控え室にはオレと兄貴だけが到着した。政伯父さん夫婦が大荷物を抱えて廊下にはみ出して親達と話をしているのが見える。

「徹、政伯父さん達もう帰るって言うからご挨拶を…」

近付くにつれて、親父の言葉が先細る。そこにいる親戚一同がオレの顔を凝視した。



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2012年11月 9日 (金)

ファーストダンス 10

ゲストを見送って、ようやく非日常が終わりを告げようとしていた。

近しい友人達との写真撮影会も終わり、親戚一同も三々五々に散って帰路につく人、ホテルの部屋に戻る人、親達も親戚付き合いの手前先を歩いていて、賑やかだったホールは涼やかさを感じる程閑散としている。

隣でサワサワと衣擦れの音が妙に響き、見ると美希が抱きつかんばかりの勢いでオレの顔を覗き込んだ。

「ありがとう」

「何が?」

「私の夢を叶えてくれて」

あまり素直にどういたしましてとは言えないので黙っていたが、構わず美希は続ける。

「ファーストダンスなんて普通、男の人は嫌がるというか、そんな恥ずかしい事やりたくないだろうっていうのは分かってたよ。でもね」

しっかりとオレの瞳を見据え直して言う。

「徹君なら言えるかな~って、徹君だったら、わがまま言っても最後には笑って許してくれるんじゃないかって、そう思ったの」

にっこりと、今日一番のリラックスした笑顔を満面にたたえ、そして背伸びした。

「他の人だったら、披露宴でファーストダンスしたいなんて言い出さなかったよ。きっと普通の披露宴を黙ってしてたと思う。ちょっと残念に思いながら」

唇の動きが感じられる程耳元に口を寄せてささやく。

「だから、ありがと。これから一緒に生きていく人が徹君で本当に嬉しい」

そしてオレの頬に柔らかい感触を残して離れていった。

「え~っと…」

余韻を確かめるように自分の頬をなぞりながら疑問点を口に出す。

「夢を言い出せないような奴と、そもそも結婚を考えるのか?」

「何よ~っ。人がせっかく感謝の気持ちを素直に表してるのに」

ぷく~っと顔を丸くして、腰に両手を添える怒りポーズ。

「理屈っぽいんだから」

下から見上げられてるのだが、なかなかの迫力だ。

「御免、御免」

「どうして、こういつも感動の場面を流すかな~」

言いながら、眉間にシワを寄せる。でも完全に怒っているわけではなく、どこか面白がっているというか、瞳は柔らかいままで、その余裕のある姿に安心感を覚える。

「笑ってごまかすな」

顔のパーツを真ん中に寄せて、べーっと舌をはみ出させると、風をきって一人さっさと歩き出した。

お転婆お姫様。いつも通り、想像通りの美希を見て一人ほくそ笑み、そして。

子供の時は仲のいい遊び相手だった。それ以上でも以下でもなく一緒に成長して、そのままの生活がそのまま続くのかと思っていたのに、時々混じり始めた予想外の事。

初めて女の子だと気付いた時。こんなに小さくて華奢なのかと驚いた。

初めて欲しいと思った時。自分の中のあまりに大きいオスの感情に、唖然とした。

初めて抱いた時。滑るような柔らかさと同包する、乱れた色香に理性が飛んだ。

ファーストダンスを口にした時のいじらしさに、ほだされるとはこの事かと、バージンロードを歩いて来る姿に、美しいとはこういう事かと初めて思った。

どの姿もまぎれもなく自分達。

別に隠していた訳でもなく、誤魔化していた訳でもない。ただ知らなかった、というだけで、教えてくれるのはいつも美希。

安定した生活の中の不確定要素。ファーストダンス、にうろたえた自分も結果的には満足していて、次は何なのか、今ではもう楽しみですらある。

振り向きもせずにズンズン進んでいく美希の背中を追いかける。

体の動きの割に歩みが遅いのは、もう履かないと言っている7センチの高さのヒールのせいだろう。少し小走りしただけで簡単に追いつく。

「オレが悪かったよ」

謝ると、横目でチラッと確認して少し速度を緩めた。



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2012年11月 7日 (水)

ファーストダンス 9

ちょうどそこで説明が終わり、今日の大一番の始まりだ。音楽をバックに礼をして、左手で美希の右手を取り右手を腰に添えてホールド。両手に震えを感じて斜め下を見ると、間近に笑顔とは程遠い顔があった。

「余裕があるように見えるか?」

かすかに頷く。

顔は強張っていても、今までの練習の成果か曲に合わせて体は動くらしい。一緒にステップが出た。

「余裕はないんだけどね」

一緒にターン。

「でもそう見えるんだったら」

右側に大きく踏み出す。

「それはファーストダンスをすると決めた段階で、一番の慌て所を既に越してしまったからだと思う」

怪訝な顔をして、美希だけ回転しながら離れてまた戻ってくる

「今が既に想定の範囲内だからな」

ホールドし直した所で、美希がつぶやいた。

「私がコケても?」

笑って見せて、美希は肯定の返事だと受け取ったらしい。同じ睨むでも、拗ねた表情が前面に出て、同時に全身から余計な力が抜けて動きが滑らかになった。

どういう解釈をしたのかは知らないが、開き直った感に近い。リズムに乗って動いているうちに、本来の調子が出てきた。

というより調子が出過ぎて、優雅さよりシャープでキレのある真剣勝負と呼ぶ方がふさわしい。いや、不真面目なよりはずっといいが、大胆に動く美希の舞がオレのリードからはみ出し気味で、非常に踊りにくい。

なんとか優位に立とうと大振りなオレの動きは相乗効果になってしまって、ゲストには競技ダンスのように見応えがあったと褒められる(?)出来ではあったのだが…。

思ったよりも外側にはみ出してしまった。

危惧していたように、スカートが機材に触れて、一瞬、美希の動きを拘束する。そのタイミングの少しのズレが、足の踏み込み位置を狂わせ美希はバランスを崩した。

本来より半歩余計に踏み出して支えると、練習の時より三歩程多くスカートの中で足踏みをした感触が伝わって、かろうじて倒れる事は免れた。

広く歩幅を取った分脚が文句を言っているが、美希は口を開いただけで言葉を発しない。

「想定の範囲内」

コケるぞと、何度か忠告したのだから、その通りの事を口に出す。

拗ねるかと思いきや、美希はおおらかに笑みを浮かべるとオレの肩に置いていた手にぐっと力を入れた。

「いち、にの、さん」

唇の動きだけでカウントを取ると、それに合わせて起き上がってくる。

一回分ターンを省いて曲に戻った形になったが、それによる不都合は何もなく、最後はスカートを綺麗に翻し注目を一身に集めて回りきった花嫁の、晴れやかな笑顔と共にダンスは終わった。

二人で肩で息をしながら礼をする。

ほんの数分なのに背中に布地が張り付いているのを感じ、水の一杯でも飲み下したい気分だが、悲しいかな、そうもいかない。このままお礼の挨拶をする事になっているのだ。

用意された壇上に移動して、双方の親と合流する。

ちょっと涙ぐんでいるジョーンさんと相変わらず口を真一文字にしめて赤い顔の太郎さん。隣に緊張の面もちではあるが嬉しさを隠しきれない親父と楽しそうに笑っている母親と。

間に入って親父の挨拶を聞きながら、深呼吸。ほどなく差し出されたマイクを受け取った。

「本日はお忙しい中、私達二人のためにお集まりいただきまして、本当にありがとうございました。皆様からの暖かい励ましのお言葉を頂戴し、身の引き締まる思いが致しております。知り合って20年。お互いの存在を外しては自分達の生い立ちを語ることができないくらい長い付き合いですが、夫婦としては新米です。まだまだ未熟な我々でございますが、二人で助け合って、明るい家庭を築いてまいりたいと思います。どうぞ末永くお引き立ての程よろしくお願いいたします。本日はまことにありがとうございました」

拍手の中、ようやく落ち着いた呼吸に安堵した。



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2012年11月 5日 (月)

ファーストダンス 8

支度の段階からこんな感じでどうなる事かと思ったが、本番はプロの手馴れた段取りで滞りなく済んだ。

チャペルで花嫁が父親と入場してくるのを待つときは、オレ一人でゲストの前で晒されて居心地が悪かったが、花嫁が入ってくればオレの存在感は一旦消える。

見事に注目が美希と太郎さんに移るわけだが、本番の緊張感も加わってか、凛としたたたずまいの美希のウエディングドレス姿に一瞬新郎としての自分の立場を忘れた。

それを思い出させたのはオレに向かって一緒に近づいてくる太郎さんの顔。赤ら顔に口を真一文字に閉め、にらみ付ける様に前進してくるがオレの顔は見ていない。

新郎の前で立ち止まったときも、花嫁を放してくれないのではと不安がよぎったがそんな事もなく、でも最後までオレと視線が合う事は無かった。

「泣くのを我慢してたみたいよ」

とその日の夜、美希がしみじみと言っていたが、花嫁の父も色々と複雑なんだろうなと改めて思った。

披露宴も各テーブルを回る口実にキャンドルサービスはしたが、ケーキカットに相当する物は省いた。その分の時間と場所がもったいないと言う美希の一存でそうなり、姫の仰せのままに、と諦めもつくというかご意見番不要でいよいよ本番。

裾が後ろに長く引きずるタイプのウエディングドレスだったため「これじゃ踊れない!」というのがお色直しの理由、と、どこまでもファーストダンス基準の美希。青を基調としたシンプルなデザインのドレスに着替えて、さぞかし歓喜しているのかと思いきや、顔が緊張のため凝り固まっていた。

「大丈夫か?」

除きこむとコキコキと音が出てるんじゃないかと思うくらい、ぎこちなくこちらを向く美希。

「だ、大丈夫・・・」

と言う声は掠れていて、その後に

「・・・じゃないかも」

と続いた。

「練習どおりやれば、大丈夫だ」

いつもなら頭をぽんぽんと叩く所だが、ティアラが乗っているので今は無理。変わりに美希が組んでいるオレの腕をぎゅっと握り締めた。

「徹君はどうして、そう堂々としてられるの?」

再入場するためにドアが開くのを待っている訳だから、オレだって緊張しているが、そわそわしていない分落ち着いて見えるのだろうか。

「徹君って、いっつもそうだよね。自分だけ澄ました顔して」

 口を尖らし、眉間にしわが寄る。花嫁にらしからぬ表情。

「顔が怖いぞ」

「だって・・・」

「準備が整ったようです。よろしいですか」

その時、前で待機していたスタッフがドアを開けた。スポットライトの明かりとBGMに、今まで薄暗い静かな所で待機していたオレ達は、一瞬面食らった。

気を取り直して歩き出そうとするが美希は動かない。見ると、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

「徹君・・・」

「練習どおりやれば大丈夫。花嫁は笑っていればいい」

腕にしがみついている華奢な手を、ぽんぽんと叩きながら言う。あえて意識して笑顔を見せてやると、つられて表情が緩んだ美希はオレの歩みについて来た。

ドアから二人移動している間に、司会者がファーストダンスの何たるかを簡単に説明している。円卓の間をぬうように進み、目的を知らなければ不自然に空いている空間に着いても言葉が続き音楽にはならない。

逆光で細かい表情は分からなくても、部屋中の顔は漏れなくこちらを向いている。

好奇心その物を圧力に感じてたじろぐが、一度深呼吸すると視線はほぼ美希に注がれている事が分かって、自然と肩が下がった。

気付かないうちに肩に力が入っていたのだ。

美希に大きな事言えないなと思わず苦笑すると、笑っている所を目ざとく見つけられた。

「そうやって、自分だけ余裕綽々でずるい」

余裕綽々…。そんな訳あるかと横目で見ると、睨まれた。



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2012年11月 3日 (土)

ファーストダンス 7

やましい記憶は無いが、心あたりはある気がする。

案の定、美希は説明しろと無言の圧力をかけてきた。

「それは…人違いではないですか?」

「そんな見え透いた嘘、よく言えたわね。私とバッチリ目が合ったじゃない。私達が美希ちゃんの友人だと知らなかったから悪びれもせず、でもおあいにく様。こんな日だからこそ、心を鬼にしてはっきりさせるわよ。それが美希ちゃんの為だもの。たとえ今恨まれてもね」

とんでもない浮気男にされて、同僚含め控え室中の黒山が10メートルは後ずさった気配がするが、それはオレじゃない。オレじゃないなら該当する人物はただ一人。

「あれ~?どうしたの」

ただならぬ雰囲気を一気に萎えさせる脳天気な声が入り口から聞こえてきた。隣に髪の毛を後ろでまとめて水色のワンピースを着た女性を伴い、ダークスーツを着ている自身の腕にはちょこんと赤ん坊のお尻が乗っている。

「え…え?」

まさに目が点とはこんな顔を言うのだろう。オレと兄貴の顔を交互に比べ見てエンジ紺クリームは三人三様に固まっている。

「あなた達が見たのは、兄と義姉じゃないんでしょうか?」

「嘘、でも・・・」

「何、どうした」

今来たばかりで分けのわからない兄貴は、オレと美希を交互に見る。

「兄貴、何してたんだよ。さっき、階段でお義姉さんと」

「奥さんに、愛情表現」

「今日はいい天気ですね、みたいにサラッと言うなよ。また間違われたぞ。しかも今回は非常~に嫌なタイミングと理由で迷惑なんだけど」

「そうか?わりーわりー」

「悪いと思ってないだろう!」

「所でさ」

やはり悪いとは思っていない兄貴はそっけなく方向を変えて女性三人組に近づくと、ポケットから何かを取り出して見せた。

「さっき、階段の所で見つけたんだけど、ちがいます?」

手の中の物を見るやいなや、エンジの女性がパッと手を両耳に当てた。

「あ、ない。私のです。ありがとうございます」

兄貴から真珠のイヤリングを受け取って、左耳に着ける。これで階段の所にいたのは兄貴だと、分かってもらえただろう。

「やっぱりね・・・」

ウエディングドレスを着ている事を忘れているかのような、腰に手を当てた仁王立ちの美希がつぶやいた。

「違うって言ってるのに、信じてくれないんだもん」

「だって・・・まさかここまでそっくりとは」

亀だったら全部頭を引っ込めているだろうというくらい、女性三人は首を縮めている。そんな友人達に、美希は遠慮なしに言い放った。

「徹君はこの手に関しては、器用じゃない」

兄貴、心子はじめ、双方の家族(太郎さん除く)が一斉に吹いた。特に兄貴は慌ててお義姉さんが大事な息子を抱えあげて救出しなくてはならないほど、腹をよじって笑っている。

「えと・・・疑ってすみませんでした」

一番近くにいたクリーム色の女性が口火を切ったのをきっかけに、おずおずと三人が並んで頭を下げる。

「いえ、誤解が解ければそれで」

「おちおち奥さんと話も出来ないな」

「ご愁傷様・・・」

茶目っ気たっぷりに言う美希に男三人が遠慮がちに近づいてきた。

「ええと・・・奥様?」

田中さんが美希の顔を覗き込むように聞く。

「お・・・奥様?」

思いもよらぬ単語に目を丸くして聞き返す花嫁に、いや、この状況でこの人でなかったらオレは誰と結婚するんだと突っ込みたくなるくらい、弱気な反応を返す。

「いえ、あの・・・」

他人の身体的特徴をじろじろと観察するのは失礼に当たるくらいの常識はあるが、やはり気になるのだろう。挙動不審な様子に、美希が首を傾げる。

「瞳が青いでしょう?」

歩み寄って、小声で三人に話しかける。その一言で、納得したようだ。

「二次会で司会をする田中と言います・・・ええと、お忙しいでしょうから、詳しい話はまた後で・・・」

そそくさと帰ろうとする男三人と、それに便乗して、小さくなりながらも軽く手を振ってその場を離れようとする女性三人組を、オレと美希が同時に引き止める。二人で六人分舐めるように視線を走らせた跡、お互いを指差して口を開く。

「オレが」

「私が」

そして同時に、廊下にも響き渡る大声で言い切った。

「結婚するのはこの人!!」

いい加減、覚えて欲しい。



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2012年11月 1日 (木)

ファーストダンス 6

「徹君」

ベールこそ付いていないが、ウエディングドレス姿の美希だ。

走って来たわけではないだろうが、気持ちはダッシュで駆け付けましたと言わんばかりの表情だ。その剣幕に、今の話を聞かれたかとカラスが三羽、後ずさる。

「どうした」

オレも思わぬ花嫁の登場に目をしばたたせた。

心の準備が整う前のいきなりの晴れ姿だが、目を見開いて肩で息をし、スカートをたくし上げている手はどことなくたくましい、こんな時でさえ活気が身体から漏れ出ている普段通りの美希を見て、安心した。

いや、本来は初めてウエディングドレス姿を見た時は「綺麗だよ」と言うのが筋なのだろうが、まぁ、このオレの感想は黙っておこう。

「健ちゃん、いる?」

「兄貴?」

隅に寄った三人には目もくれず、かえって道が空いて都合がいいとばかりに、にじり寄る。

その後ろに、さっきは気付かなかったエンジ紺クリームの女性三人がおずおずと、でも明らかにオレの事を睨みながら続いた。

「ここには、いないみたいだけど」

部屋の中を一通り見渡して答えると、また一歩足を進める。

「じゃあ、徹君はさっきどこで何してた?」

「さっき?」

何が聞きたいのか検討がつかず、思わず心子と顔を合わせた。

15分位前から、ここにいるけど」

うんうん、と頷く心子とオレの顔を美希は交互に見る。 

「その前は?」

「その前は…会場を覗いて、覗く前は着替えてた。着替える前は」

「嘘!」

訳も分からず、オレの行動の時間軸を遡っていくと、横からクリーム色の女性が割り込んできた。

「ついさっき、そこの階段の所で女の人と会ってたでしょう。それもかなり親しげに」

かなり、を思い切り強調して言うので、あまりの爆弾発言に控え室の中が静まり、痛いほどの視線の嵐だ。

「女の人…心子?」

もう一度視線を合わせるが、強制的に遮られた。

「この人じゃないわよ。フツーに日本人で、水色のワンピース着て、あの女、誰?」



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2012年10月29日 (月)

ファーストダンス 5

何だかんだで当日。

一応お見せ出来る程度に仕上げる事は出来た。

とはいえ、タキシードに着替えてサラッと本番スペースを見た後はする事がない。

なるべく広くなるよう努力してくれているのは分かるが、ダンスホールではない以上限界はある。気をつけないとドレスの裾が機材やコードに引っかかりそうだ。

新郎に比べ格段に忙しい新婦は未だ準備に余念がない。

念の為伝えておこうと控え室に向かったら心子に目ざとく見つけられて押し戻された。

「お姉ちゃんの晴れ姿は、本番までのお楽しみ」

「ドレスを選ぶ時に、試着したの見たけど?」

竹本家、中尾家控え室と書かれた看板の横をグイグイ押されて部屋に入る。学校の教室くらいの部屋に丸テーブルが5,6台。入り口付近には長テーブルが置いてあり、荷物置き場権、端の方にセルフでお茶や水、ジュースが飲める様に一式揃っていた。

「ベールも無ければメイクもなし、体型に合うように微調整もなしに、た~だ着ただけのドレス姿と一緒にし、な、い。それ以上に変身途中は見ちゃ駄目」

オレも含め、黒々した人だかりの中にピンクのワンピースが入ると、主役の一人である新郎より目立つ。髪の色も瞳や肌の色もオレより明るいから、余計に目立つというより、オレは引き立て役だ(そもそも男はそうなのだと言われればそれまでだが)

「それに花嫁控え室って、確かに控え室だけど、こんな部屋じゃなくて広い更衣室みたいな感じだよ?」

更衣室…は、いくら着替えが済んでいたとしても、入っていく勇気はない。仕方なく、手短にあった椅子に腰掛けた。

「もうすぐ本番じゃん。慌てない、慌てない」

ポンポンと肩を叩かれた。

「別に慌ててはないけど」

「でも、どんな姿か、気になるでしょう?」

「そりゃ、まあね」

常識的に考えれば、一番綺麗な姿をぶつけてくるはずなのだ。

スカートであるにも関わらず痴漢に蹴りを入れるほど、アクティブな行動に出てしまう美希だから、どのような花嫁姿になるのかオレの想像力の方が限界に来ている。

「でも、こんな所でふらふらしてていいの?」

心子が両手に一つずつ、コップを持って戻ってきた。茶色の液体はウーロン茶か、オレの目の前に置いて自分も隣の席に腰掛けると一口飲む。

「花嫁待ちだから、する事が無い」

式のリハーサルもあるが、どのみちオレ一人ではどうにもならないのだ。

「男はタキシードだから、お楽しみって事もないしね~」

テーブルに対し半分斜めに座っているオレの姿をざっと捉えた後、控え室の中に視線を走らせる。モーニング、ダークスーツ、黒留袖。そこに混じった所で面白くも何とも無い。

「でも、似合うね」

くすくす笑いながら、一応褒めてくれた。

「そうかぁ?着慣れないから借り物みたいで、落ち着かないけど」

「レンタルでしょうよ」

一瞬、間が開いてから

「緊張してるの?」

と、真顔で聞かれた。

緊張感はあってもそこまで固まってるつもりは無いのだが、少し言葉に詰まる。

そこに

「あー、竹本さん、いたー」

と、のんびりした声が聞こえてきた。受付をお願いしている会社の後輩の俊君だ。

「な、何でここに?ホテルのスタッフに声をかけるようにって言っただろう」

「声かけましたよ。会場の前でちゃんと説明聞いたんですけど、トイレに行くのに離れたら戻れなくなっちゃったんです」

まるで美希の様だと呆れながら、席を立つ。

「ここの廊下をまっすぐ言って、エレベーターホールの次を右に曲がって・・・」

廊下に出て説明していると、その指し示した角から二人、男が早足で曲がって出てきた。

「何でこんな所に来てるんだ~」

先輩の田中さんと同期の伊達君、会社での両隣だ。

「お二人こそ、何でここに」

「受付が一人消えたって言うから、もう着いている連中で探してた」

「早くないですか?」

「俺等は二次会の打ち合わせもあんだよ」

田中さんが自分と伊達君を交互に指差す。

「すみませんでした、竹本さん。式の打ち合わせで忙しいんでしょうから、奥様と一緒にいて下さい」

俊君が申し訳なさげに田中さん達の方に歩み寄る。

「奥様?」

「まだ式の前だから、奥様は変でしたか?」

慌てて弁解する俊君の視線は、心子を捉えている。田中さんと伊達君も同様だ。

「美人の奥様で羨ましいなあ」

何となく、察しは着いた。婚約者はハーフだと、当たり前のように付加情報として広まっているので、典型的、イメージ通りの心子が結婚相手と勘違いしているのだろう。

「彼女は新婦の妹だけど」

「え?だって、ハーフだって・・・」

「姉妹なんだから妹だってハーフです。だいたい、新婦が今頃私服でこんな所をうろうろしている訳、無いでしょう」

そういえば一度、美希と一緒の時に街中で偶然課長に会った時も、初め怪訝な顔をされた。思うに、想像していた姿と実際の美希の姿がかけ離れていたため、はっきり紹介されるまで噂の婚約者として結びつかなかったんだろう。

こっちとしては勝手に思いこむなと言いたいが…。

男三人が誤魔化し笑いをしながら退散しようとしたその時、視界の中に大きな白い物が飛び込んできた。



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2012年10月27日 (土)

ファーストダンス 4

次の週末、ダンススタジオに行くとあっけなく打ち合わせは済んだ。

初めは乙女の夢の華やかさに浮ついていた美希も、他人様に披露出来るだけの技術が必要と、眼差しが真剣になってきた。

オレはオレで、女性を中心にスカートが綺麗に翻る様に一緒に回っていればいいのかと思っていたが、男はしっかりとリードする必要があり、ステップさえ覚えればいいなどと気楽に考えてはいられなくなった。

「これは立派にスポーツだ」

残す所後二回という練習日、汗だくになりながらスポーツドリンクを喉に流し込んで言うと、横から笑い声が上がった。

「ダンスはダンスですからね。お二人のは曲が一般的な物よりテンポが早いですし」

インストラクター、なかなか手厳しいが、忙しくてなかなか通えず、お勧めコースより少ない回数にもかかわらず何とか踊り切れるようになったのは彼のおかげだ。

「コース取りや、ポーズの見せ方など頭もつかうでしょう?」

「どうせ花嫁しか見られないんだから、男はもっと楽な物かと思ってましたよ」

「なかなかどうして、男性のリードは重要なんですよ。堂々としたリードはそれだけで栄えますしね。竹本さんは身長がありますから、それをいかさない手はないですよ。頑張って格好良く踊りましょう」

にこやかに期待されても、プレッシャーだ。

「今日は徹君の方が一生懸命じゃない?」

反対側の隣で美希も息をはずませている。今までの練習とは違い、式で履くのと同じ高さのハイヒールにドレスを意識した長いスカートなので動きにくいのだろう。

その上が黄色地に犬のプリント柄Tシャツというのが笑えるが、本番に少しでも近い格好にするには仕方がない。

「ちゃんと支えてないとすぐよれるし、壁に向かって突進しそうになるだろう」

「だって7センチのヒールなんて履いた事ないもの。足元が…」

面倒くさい物を身につけなきゃいけない女性は難儀だと同情するが、注目されるのは花嫁だ。

「ゲストは美希を見るんだぞ。自分でもしっかり踊れないと…」

「分かってるよ。でも二人で組んでるんだからさ」

「甘えるな。油断してたらコケるぞ」

「ハイハイ」

受け答えがいい加減になってきた美希との会話にインストラクターが笑い出す。

「真面目なんですね」

「はい、もうクソ真面目で」

「おい」

「回を重ねるにつれて男性の方が一生懸命になる事は珍しくないです。いいじゃないですか。しっかりリードしてくれるから大丈夫ですよ」

脅しではなく、本当にコケかねないから心配しているのにどこ吹く風。

一世一代の晴れ姿の思い出を、朗らかな笑みと共に聞けばいいのか苦虫を相手に聞き続けるのかでは、その後の人生随分と差が出るだろう。男の平均寿命までとしても約50年。これは長い。

「もう一度、練習しましょうか」

インストラクターの言葉にホールの中央に歩み出る。

「はい、もっと背筋を伸ばして。竹本さん、左手の位置もう少し下」

立ち位置に移動する時のエスコートから指示がどんどん入る。美希を支える手の位置や足運びのちょっとしたミス等動く度に声が飛び、特に慣れない靴とスカートにどうしてももたつき気味の美希が少しでもブレると、しっかり支えろと注意されてちっとも気楽じゃない。

後で聞いた話では、このペアは真面目で飲み込みもいいのでつい力が入り、初心者には難易度の高いモノになってしまったとの事。

もっと簡単なのでよかったのに、言われるがままにキツい練習を筋肉痛になりながらしたのだから、物を知らないというのはつくづく損だ。 



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