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2012年11月 7日 (水)

ファーストダンス 9

ちょうどそこで説明が終わり、今日の大一番の始まりだ。音楽をバックに礼をして、左手で美希の右手を取り右手を腰に添えてホールド。両手に震えを感じて斜め下を見ると、間近に笑顔とは程遠い顔があった。

「余裕があるように見えるか?」

かすかに頷く。

顔は強張っていても、今までの練習の成果か曲に合わせて体は動くらしい。一緒にステップが出た。

「余裕はないんだけどね」

一緒にターン。

「でもそう見えるんだったら」

右側に大きく踏み出す。

「それはファーストダンスをすると決めた段階で、一番の慌て所を既に越してしまったからだと思う」

怪訝な顔をして、美希だけ回転しながら離れてまた戻ってくる

「今が既に想定の範囲内だからな」

ホールドし直した所で、美希がつぶやいた。

「私がコケても?」

笑って見せて、美希は肯定の返事だと受け取ったらしい。同じ睨むでも、拗ねた表情が前面に出て、同時に全身から余計な力が抜けて動きが滑らかになった。

どういう解釈をしたのかは知らないが、開き直った感に近い。リズムに乗って動いているうちに、本来の調子が出てきた。

というより調子が出過ぎて、優雅さよりシャープでキレのある真剣勝負と呼ぶ方がふさわしい。いや、不真面目なよりはずっといいが、大胆に動く美希の舞がオレのリードからはみ出し気味で、非常に踊りにくい。

なんとか優位に立とうと大振りなオレの動きは相乗効果になってしまって、ゲストには競技ダンスのように見応えがあったと褒められる(?)出来ではあったのだが…。

思ったよりも外側にはみ出してしまった。

危惧していたように、スカートが機材に触れて、一瞬、美希の動きを拘束する。そのタイミングの少しのズレが、足の踏み込み位置を狂わせ美希はバランスを崩した。

本来より半歩余計に踏み出して支えると、練習の時より三歩程多くスカートの中で足踏みをした感触が伝わって、かろうじて倒れる事は免れた。

広く歩幅を取った分脚が文句を言っているが、美希は口を開いただけで言葉を発しない。

「想定の範囲内」

コケるぞと、何度か忠告したのだから、その通りの事を口に出す。

拗ねるかと思いきや、美希はおおらかに笑みを浮かべるとオレの肩に置いていた手にぐっと力を入れた。

「いち、にの、さん」

唇の動きだけでカウントを取ると、それに合わせて起き上がってくる。

一回分ターンを省いて曲に戻った形になったが、それによる不都合は何もなく、最後はスカートを綺麗に翻し注目を一身に集めて回りきった花嫁の、晴れやかな笑顔と共にダンスは終わった。

二人で肩で息をしながら礼をする。

ほんの数分なのに背中に布地が張り付いているのを感じ、水の一杯でも飲み下したい気分だが、悲しいかな、そうもいかない。このままお礼の挨拶をする事になっているのだ。

用意された壇上に移動して、双方の親と合流する。

ちょっと涙ぐんでいるジョーンさんと相変わらず口を真一文字にしめて赤い顔の太郎さん。隣に緊張の面もちではあるが嬉しさを隠しきれない親父と楽しそうに笑っている母親と。

間に入って親父の挨拶を聞きながら、深呼吸。ほどなく差し出されたマイクを受け取った。

「本日はお忙しい中、私達二人のためにお集まりいただきまして、本当にありがとうございました。皆様からの暖かい励ましのお言葉を頂戴し、身の引き締まる思いが致しております。知り合って20年。お互いの存在を外しては自分達の生い立ちを語ることができないくらい長い付き合いですが、夫婦としては新米です。まだまだ未熟な我々でございますが、二人で助け合って、明るい家庭を築いてまいりたいと思います。どうぞ末永くお引き立ての程よろしくお願いいたします。本日はまことにありがとうございました」

拍手の中、ようやく落ち着いた呼吸に安堵した。



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