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2012年11月 9日 (金)

ファーストダンス 10

ゲストを見送って、ようやく非日常が終わりを告げようとしていた。

近しい友人達との写真撮影会も終わり、親戚一同も三々五々に散って帰路につく人、ホテルの部屋に戻る人、親達も親戚付き合いの手前先を歩いていて、賑やかだったホールは涼やかさを感じる程閑散としている。

隣でサワサワと衣擦れの音が妙に響き、見ると美希が抱きつかんばかりの勢いでオレの顔を覗き込んだ。

「ありがとう」

「何が?」

「私の夢を叶えてくれて」

あまり素直にどういたしましてとは言えないので黙っていたが、構わず美希は続ける。

「ファーストダンスなんて普通、男の人は嫌がるというか、そんな恥ずかしい事やりたくないだろうっていうのは分かってたよ。でもね」

しっかりとオレの瞳を見据え直して言う。

「徹君なら言えるかな~って、徹君だったら、わがまま言っても最後には笑って許してくれるんじゃないかって、そう思ったの」

にっこりと、今日一番のリラックスした笑顔を満面にたたえ、そして背伸びした。

「他の人だったら、披露宴でファーストダンスしたいなんて言い出さなかったよ。きっと普通の披露宴を黙ってしてたと思う。ちょっと残念に思いながら」

唇の動きが感じられる程耳元に口を寄せてささやく。

「だから、ありがと。これから一緒に生きていく人が徹君で本当に嬉しい」

そしてオレの頬に柔らかい感触を残して離れていった。

「え~っと…」

余韻を確かめるように自分の頬をなぞりながら疑問点を口に出す。

「夢を言い出せないような奴と、そもそも結婚を考えるのか?」

「何よ~っ。人がせっかく感謝の気持ちを素直に表してるのに」

ぷく~っと顔を丸くして、腰に両手を添える怒りポーズ。

「理屈っぽいんだから」

下から見上げられてるのだが、なかなかの迫力だ。

「御免、御免」

「どうして、こういつも感動の場面を流すかな~」

言いながら、眉間にシワを寄せる。でも完全に怒っているわけではなく、どこか面白がっているというか、瞳は柔らかいままで、その余裕のある姿に安心感を覚える。

「笑ってごまかすな」

顔のパーツを真ん中に寄せて、べーっと舌をはみ出させると、風をきって一人さっさと歩き出した。

お転婆お姫様。いつも通り、想像通りの美希を見て一人ほくそ笑み、そして。

子供の時は仲のいい遊び相手だった。それ以上でも以下でもなく一緒に成長して、そのままの生活がそのまま続くのかと思っていたのに、時々混じり始めた予想外の事。

初めて女の子だと気付いた時。こんなに小さくて華奢なのかと驚いた。

初めて欲しいと思った時。自分の中のあまりに大きいオスの感情に、唖然とした。

初めて抱いた時。滑るような柔らかさと同包する、乱れた色香に理性が飛んだ。

ファーストダンスを口にした時のいじらしさに、ほだされるとはこの事かと、バージンロードを歩いて来る姿に、美しいとはこういう事かと初めて思った。

どの姿もまぎれもなく自分達。

別に隠していた訳でもなく、誤魔化していた訳でもない。ただ知らなかった、というだけで、教えてくれるのはいつも美希。

安定した生活の中の不確定要素。ファーストダンス、にうろたえた自分も結果的には満足していて、次は何なのか、今ではもう楽しみですらある。

振り向きもせずにズンズン進んでいく美希の背中を追いかける。

体の動きの割に歩みが遅いのは、もう履かないと言っている7センチの高さのヒールのせいだろう。少し小走りしただけで簡単に追いつく。

「オレが悪かったよ」

謝ると、横目でチラッと確認して少し速度を緩めた。



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