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2012年10月25日 (木)

ファーストダンス 3

「いっ…てぇ!脅かすなよ、母さん」

足元に転がったペットボトルを拾い上げながら、呆れた顔で母親は答える。

「何度もノックしたし、ドア開ける時に声掛けたけど」

ペットボトルを差し出しながら続き。

「根っこ生やしてたの、そっちでしょう」

また、いつもの癖が出たらしい。何かに集中すると、集中しすぎて座った位置から全く動かないばかりか音から気配からあらゆる刺激に応えなくなってしまうので、植物のようだとこう言われる。

一度美希に「不審者にも気付かないで、刺されるよ」と言われたが…。

目を少し細めて手を差し出す。

「で、何?」

必要以上に勢いをつけてペットボトルが手の上に乗った。

「美希ちゃんとの結婚に悩みでも?」

「結婚式に悩み」

「今更中止になんかなったら、お父さんが黙っちゃいないわよ。勘当で済めば温情ね」

「話聞いてた?式に悩みだって、式に」

ペットボトルを机の奥に置いてまた突っ伏す。勘当されても別に困らないが命は惜しい。

「それにしても、美希ちゃんはまた面白い事を言い出したわよね」

うわずった声が所々途切れている様子から、母親もこの状況を楽しんでいるらしい。

「他人事だと思って…」

ムッツリ答えると、意に反して真面目な声色が返って来た。

「これから二人で生きていくんでしょう?踊るにせよ踊らないにせよ、どうお互いの意見をすり合わせていくのか、じゃない。この先もっと大変な問題がいくらでも起こるんだから、こんなノロケた事ですら解決出来ないようなら先が思いやられるわよ」

結婚式の準備で二人の関係が壊れてしまうという話はまま聞く。そこまでの問題ではないと思うが、このていたらく加減は確かに問題だ。

「これから先が思いやられる、か。一理あるな。この先、何言われるんだろう、オレ」

頭だけ横に動かして腕越しに母親の方を見ると、思った通り、半笑いの顔が見て取れた。

「そんな事心配してたら結婚出来ないわよ。何でも分かってるつもりでいたの?」

「何でも、とは思ってないけど、大抵の事なら許容範囲だと思ってた」

「これは大抵の事じゃないんだ」

「フツーの男の頭にファーストダンスという言葉は…」

ヒラヒラと母親の手の中にあるパンフレットを見て言葉が止まる。自分の持っている物に息子が気付いたと認識すると両手で持ち直し、広げて見せた。

「今、美希ちゃんが持って来たのよね」

男女が華麗にポージングを取っている写真。片方が黒でパートナーは白。ドレスの広がりが非日常を引き立てて、これでもかと華やかさをアピールしている。

ダンス教室のパンフレット。

ファーストダンス用短期集中講座の物らしい。レッスンの回数、期間とそれに伴う費用、体験談が書かれて締められていた。

「普段の調べ物はすぐオレに丸投げするくせに」

手にとって裏返すとスタジオの場所と連絡先が記されている。

「そう言わない。かなーり遠慮がちに持って来て、後で反応を教えて欲しいってそそくさと帰ろうとしたもの」

意味もなく二つ折りに戻して表面を見る。細長い紙にはレースと花がふんだんに印刷されていた。

「いるのが分かってるのに伝言して下さいって、あなたどんな顔して打ち合わせしてたのかしらね」

「え、帰ったのか」

「お父さんが相手してるわよ」

のんびり受け答えしていた母親に合点がいく。引き止めておこうにも、オレとある程度込み入った話をするには時間がかかる。間を持たせるために親父を利用している訳だ。

いや、逆に親父もこれ幸いと相手役を楽しむ為にこっちの話が長引く方が都合がいいに違いない。

「徹の反応を伝えてこようか?」

小首を傾げて聞く母親の顔から視線を動かし、持っていた用紙を裏返す。意図的か偶然か、仕事帰りに寄るなら自分よりオレの方が通いやすい路線の最寄り駅。

「自分で行く」

パンフレット片手に立ち上がると、母親はさっさと廊下に出て階段を下り始めた。

続いて自分も下りると、美希が落ち着かない様子で玄関で親父と話しているのが見えた。

オレの姿を確認すると心ここに在らずといった感じで目が泳ぐ。

気まずい雰囲気に一瞬立ち止まったスキに、母親が親父を居間に押し込むように連れて行ってくれた。気を利かせてくれたのだろう。

それは美希も分かっているから何も言わないが、オレに対しても口をつぐんで言いたい事を飲み込んでいるのが分かる。

一瞬、目があったがすぐに横を向いたその仕草に、いつもの元気はどこへやら、いじらしい位に女の子だ。

乙女の夢、か。

軽く息をついてから足を進める。

「いつ、何時にここに行けばいいんだ」

軽くパンフレットを振りながら声を掛けると、パッと美希は顔を上げた。

その表情はプロポーズした時よりも色めいて、瞳は眩しいばかりに輝いていた。



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