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2012年10月27日 (土)

ファーストダンス 4

次の週末、ダンススタジオに行くとあっけなく打ち合わせは済んだ。

初めは乙女の夢の華やかさに浮ついていた美希も、他人様に披露出来るだけの技術が必要と、眼差しが真剣になってきた。

オレはオレで、女性を中心にスカートが綺麗に翻る様に一緒に回っていればいいのかと思っていたが、男はしっかりとリードする必要があり、ステップさえ覚えればいいなどと気楽に考えてはいられなくなった。

「これは立派にスポーツだ」

残す所後二回という練習日、汗だくになりながらスポーツドリンクを喉に流し込んで言うと、横から笑い声が上がった。

「ダンスはダンスですからね。お二人のは曲が一般的な物よりテンポが早いですし」

インストラクター、なかなか手厳しいが、忙しくてなかなか通えず、お勧めコースより少ない回数にもかかわらず何とか踊り切れるようになったのは彼のおかげだ。

「コース取りや、ポーズの見せ方など頭もつかうでしょう?」

「どうせ花嫁しか見られないんだから、男はもっと楽な物かと思ってましたよ」

「なかなかどうして、男性のリードは重要なんですよ。堂々としたリードはそれだけで栄えますしね。竹本さんは身長がありますから、それをいかさない手はないですよ。頑張って格好良く踊りましょう」

にこやかに期待されても、プレッシャーだ。

「今日は徹君の方が一生懸命じゃない?」

反対側の隣で美希も息をはずませている。今までの練習とは違い、式で履くのと同じ高さのハイヒールにドレスを意識した長いスカートなので動きにくいのだろう。

その上が黄色地に犬のプリント柄Tシャツというのが笑えるが、本番に少しでも近い格好にするには仕方がない。

「ちゃんと支えてないとすぐよれるし、壁に向かって突進しそうになるだろう」

「だって7センチのヒールなんて履いた事ないもの。足元が…」

面倒くさい物を身につけなきゃいけない女性は難儀だと同情するが、注目されるのは花嫁だ。

「ゲストは美希を見るんだぞ。自分でもしっかり踊れないと…」

「分かってるよ。でも二人で組んでるんだからさ」

「甘えるな。油断してたらコケるぞ」

「ハイハイ」

受け答えがいい加減になってきた美希との会話にインストラクターが笑い出す。

「真面目なんですね」

「はい、もうクソ真面目で」

「おい」

「回を重ねるにつれて男性の方が一生懸命になる事は珍しくないです。いいじゃないですか。しっかりリードしてくれるから大丈夫ですよ」

脅しではなく、本当にコケかねないから心配しているのにどこ吹く風。

一世一代の晴れ姿の思い出を、朗らかな笑みと共に聞けばいいのか苦虫を相手に聞き続けるのかでは、その後の人生随分と差が出るだろう。男の平均寿命までとしても約50年。これは長い。

「もう一度、練習しましょうか」

インストラクターの言葉にホールの中央に歩み出る。

「はい、もっと背筋を伸ばして。竹本さん、左手の位置もう少し下」

立ち位置に移動する時のエスコートから指示がどんどん入る。美希を支える手の位置や足運びのちょっとしたミス等動く度に声が飛び、特に慣れない靴とスカートにどうしてももたつき気味の美希が少しでもブレると、しっかり支えろと注意されてちっとも気楽じゃない。

後で聞いた話では、このペアは真面目で飲み込みもいいのでつい力が入り、初心者には難易度の高いモノになってしまったとの事。

もっと簡単なのでよかったのに、言われるがままにキツい練習を筋肉痛になりながらしたのだから、物を知らないというのはつくづく損だ。 



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